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2011年10月24日 - 千葉で安心の出産をするなら武田助産院

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私の出産記

2011年10月24日

公開日:2011年12月02日(金)

「始まれば終わりがくるもんね。マラソンと一緒だね。お産楽しみ―」そんな余裕ある発言をしていた私ですが、実際のお産は長く険しく「終わりは来ないんじゃないか…」と、何度も泣きそうになりながら痛みに耐えました。
 予定日の2日前からおしるしがみられ、ソワソワ…。前日の4時に陣痛が10分間隔になり、シャワーをすませ、朝食をとり、智子先生に電話。「7時頃きてー」とのことで、夫と出発。
「いい子だねー」と余裕の会話。お腹の写真をとって「もうすぐ、このお腹ともお別れかー」と、しみじみしていました。

YMCについて内診するも子宮口は1センチ。「まだまだだねー。今日に産まれるかどうか」とのお言葉。
陣痛がきたらトントン拍子にお産が進むとあまく考えていた私は、「今日中、長いなー、耐えられるかなー」と不安になってしまいました。
しかし現実は厳しく、実際には翌日の6時まで子宮口は全開大にならず、破水も翌日の8時10分。最後は赤ちゃんの頭が出てこず、いきみも体力の消耗から弱くなり、赤ちゃんの心拍も低下傾向に。
赤ちゃんのために産婦人科医院にうつってお産することになりました。促進剤、会陰切開、吸引といろいろいしてもらい、無事に出産することができました。

産まれたときには疲れ果て、赤ちゃんを見る余裕もなく「ああ…、おわった」と、フルマラソンを走り終わったような感想でしたが、わが子を抱いた時には「元気でよかったー。頑張ってよかったー」と幸せな気持ちでいっぱいになりました。
バースプランも智子先生が伝えてくれたおかげて、夫の立ち合い、へその緒を切るということも叶えられました。

このお産を振り返って思うことは、お産をあまく考えていたなーということ。
「自然なお産がしたい」「理想のお産」って、いろいろ考えてすごした妊娠中。自然なお産をするということは、人一倍努力して運動したり、生活を整えたりしないといけないと、頭では分かっていても、仕事を理由に自分を甘やかしていたなーと反省しています。

お産が始まってからも、何度も痛みに負けそうになり、逃げたくなってしまいました。
陣痛開始からずっとつき添ってくれた夫。昼間フットバスやマッサージをしてくれたり、こまめに訪室して支えてくれた菅谷さん。夜中から朝まで一睡もせず支えてくれた的場さん。
赤ちゃんを出すために、いきみ方を何度も指導してくれた智子先生。皆のサポートがなかったら、このお産を乗り越えられなかったと思っています。

出産後も初めての育児で、手探り状態で赤ちゃんと過ごしていましたが、不安なことをすぐ聞けて、答えてもらえたので少しずつ赤ちゃんとの生活に慣れていくことができるようになりました。
特に印象に残っているのは、夜、母乳をうまくあげられず、困っているところに智子先生が来てくれて、「ここで負けてどうするの!泣いてもしっかりくわえさせないと!今日は一晩中2人(赤ちゃんと)で練習しなさい!」と喝を入れてくれたことです。
その後もおっぱいがパンパンで辛くても「ここで負けたらだめだ!飲ませなきゃ」と強い気持ちで頑張れました。「母は強し」という言葉がありますが、新米母の私はまだまだ弱いです。息子とともに母として成長していきたいと願っています。